医学入門金沢大学大学院医学系研究科医薬保健学域医学類
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 社会医学Q&A

画像:学生 Q1. 社会医学とは?
Q2. 病気の流行とはどのような状態でしょうか?
Q3. 流行している病気は伝染あるいは感染する病気でしょうか?
Q4. 過食,飽食がいわれている日本では栄養障害はおこらないでしょうか?
Q5. 輸入感染症と国際感染症はどうちがう?
Q6. 食中毒と経口感染症はどうちがう?
Q7. 高病原性鳥インフルエンザに罹った鶏はどうして全部屠殺しないといけないのでしょうか?
Q8. 塵肺とアスベスト(石綿)
Q9. 塵肺と喫煙

Q1. 社会医学とは?

A1. 従来,衛生学・公衆衛生学・法医学を総称して社会医学といいました。法医学はTVなどでもよくとりあげられていますが,衛生学・公衆衛生学の違いは医学部学生にも分からないとよく言われます。まず,その違いについて考えてみましょう。

 衛生学は医学が十分に発達していない,あるいは全くなかった時代にいかにすればヒトは病気にならずにすむかを考える学問として始まりました。環境とヒトがどのように関わりを持ち,環境の変化にどうすればヒトは対応できるのかを考える学問でした。従って,古代から中世にかけて,いや,昭和の初期までもが,感染症のような流行る病気と栄養問題とがターゲットだったのです。ちなみに,英語では衛生学のことをHygieneといいます。これはギリシア神話の医学の神様の娘Hygieiaの名前からきています。

 次は公衆衛生学です。公衆衛生学は,産業革命の頃に発達してきた学問であり方法です。衛生学が比較的個人,あるいは少人数を対象とするのに対し,公衆衛生学は高度に社会化した都市や国家に暮らす人々を対象として,大集団で健康を保持しようとするものです。なお,英語では公衆衛生学のことをPublic Healthといいます。少子化や高齢化など人口の変化や疾病構造の変化を評価したりするのも仕事です。

画像:医者 ヒトが病気にならずに,いかに健やかに暮らしていけるかを,医学,栄養学,体育,福祉などの枠を超えて考えていく点では衛生学と公衆衛生学は共通しているといえます。

 最近ではさらに細分化され予防医学・環境医学・生態医学などという名前も導入されていますが,我医学部では最も広く領域をカバーする名を残そうとしています。


Q2. 病気の流行とはどのような状態でしょうか?

画像:医者A2. 時間的,空間的に密に同じ病気が認められる状態をいいます。即ち,ある地域である一定期間に他の地域とは異なる病気のみつかる状態です。その程度は頻度の低い順に,稀発,散発,点流行,地方流行,汎流行などと呼ばれます。例えば,最近注目されている大腸菌O157の感染は日本各地で認められますが,その個々は稀発あるいは散発と考えられます。ただ,このような微生物による感染症はヒトからヒトへ,或いは動物から動物へ伝播する特性がありますから,感染症の流行としてはこのような飛び火したような発生の仕方の理由は分かりにくいところがあります。一方,マラリアという感染症は熱帯地域のほとんどで発生しており,地球人口の1/5‐1/4に感染の危険性があるといっても過言ではありません。これは汎流行と呼ばれます。では,感染症以外の病気は流行するでしょうか?


Q3. 流行している病気は伝染あるいは感染する病気でしょうか?

A3. 答えはイエスともノーとも言えます。イエスの場合は感染症(infectious diseases)あるいは伝播しうる疾患(communicable diseases)と呼ばれます。ヒトからヒトへ直接に,あるいは仲介する動物(蚊や蝿など節足動物や鼠など小型の哺乳類など)により,伝播することで密な発生が認められる場合です。さらに広がるのかどうか慎重な調査が必要です。A2で述べた「飛び火したような発生」の解析が困難な理由の一つがこのような伝播経路を特定しにくいことが理由の一つなのです。

画像:地域 ノーの例をあげてみましょう。例えば,同じ家族や同じ地域の人達は,同じ生活様式で暮らしているわけですから,何か不都合かあるとそれは皆に共通して起こっている可能性があります。数十年前の日本人には胃癌発生が多いことが知られていましたが,ハワイなどに移民した日本人では発生が減少し,さらに二世,三世になると癌のパターンがアメリカ人に似ることから,生活様式が病気の発生に影響していることが知られています。

 ちなみに,近年の日本国内では生活がいわゆる欧米化し,胃癌の発生は減少傾向に,逆に,大腸癌などは増加傾向にあります。いずれにせよ,「うつる」ことはありませんね。この他にも,様々な場合があります。ちょっと,考えてみてください。


Q4. 過食,飽食がいわれている日本では栄養障害はおこらないでしょうか?

画像:高齢者A4. 答えはノーです。過食,飽食はそれ自体が,栄養過多という障害の状態であるといってもいいのです。また,高齢化社会では,ひとり暮らし老人や老人だけの世帯が増加し,栄養不足,偏りが心配されています。カルシウムの摂取不足から,骨粗鬆症がおきるといったニュースをよく見るでしょう。また,大変困難な病気も手術や治療法の進歩で治せるようになりましたが,食事をできない間は人工栄養といって,食事を介さず直接体内に栄養を入れることがあります。このような時に栄養の偏りが生じやすいのですが,人工栄養もどんどん改善されています。いずれにせよ栄養状態は,その時の健康状態はもちろん,成長,老化,成人病の発生と密接に関
係していることを忘れないでください。バランスよく,美味しく,楽しく食事をすることはとても大切なことなのです。


Q5. 輸入感染症と国際感染症はどうちがう?

画像:医者A5. 輸入感染症とは本来日本にはなかった感染症が,文字どおり「輸入」されてしまったものです。マラリアはその代表ですが,流行地で蚊により媒介されるので,患者が帰国すると「輸入」されたことになってしまいます。しかし,この蚊は熱帯でないと生育できないため,たとえ蚊の方が「輸入」されてもマラリアが日本国内で蔓延することはないとされてきました。しかしながら,地球温暖化のために極めて南方の島々では蚊が生存し,伝播される可能性がいわれるようになりました。赤痢やコレラは水,食物を介して感染するので「輸入」されてから,広がる可能性があるため「3類感染症(2007年から)」としての届け出が必要です。

 国際感染症とは国際的に注目されている感染症全てを意味しますが,世界のある特定地域だけの病気であったものが,世界的に広がるか否かを知るために監視を続けているのです。最近ではエボラ出血熱が有名ですね。あまりに急激に発症し,致死率が高いために,寧ろ伝染しないのではないかと考えられていたウイルス感染症ですが,相当な流行をきたしました。そのため,現在では1類感染症と呼ばれています。



Q6. 食中毒と経口感染症はどうちがう?

画像:医者A6. A5で,「赤痢やコレラは水,食物を介して感染する」と書きましたが,「食中毒」も文字通り水や食物の摂取に起因します。一番の違いは「感染症」はさらに他のヒトに拡大する可能性が高いのに比べ,「食中毒」は同じものを飲水・摂食したヒトだけに留まる可能性が高いことにあります。但し,最近頻繁に報道されるようになった主に牡蠣を生食した際に発生する可能性のあるノロウイルス食中毒の場合は,ヒトの腸管内で増殖し排泄されるため,ヒトからヒトへの伝播もあります。症状も一般に「感染症」の方が重く,感染者は緊急な治療を必要とするばかりではなく,他のヒトへの伝播を防ぐために隔離が必要になることもあります。原因菌の種類が同じでも,毒性の高い菌による場合が「感染症」になり,毒性の低い菌による場合が「食中毒」となると考えてもいいでしょう。例としてはO157のような毒性の高い大腸菌による場合,腸管出血性大腸菌感染症(3類感染症)となり,毒性の低い菌の場合は大腸菌食中毒となります。


Q7. 高病原性鳥インフルエンザに罹った鶏はどうして全部屠殺しないといけないのでしょうか?

画像:地域A7. 「高病原性」は鳥にとって極めて高病原性であり,感染力も高く屠殺以外に蔓延を防ぐ方法がないといってもよいからなのです。ヒトにはかならずしも感染しないのですが,直接血に触れるような作業をする場合に感染の危険性があります。従って,「屠殺」により消毒してしまおうとする作業はそれ自体が大変危険なため,防護服の着用など厳重な注意が必要です。さらに,ヒトインフルエンザと遺伝子構造が似ているために,長い経過を経て相互に遺伝子をやりとりし,性質が変わることが知られており,将来的には「ヒトにはかならずしも感染しない」と言えなくなる可能性があります。


Q8. 塵肺とアスベスト(石綿)

画像:医者A8. 塵肺とは空気中の微粒子を吸い込んでしまい,その微粒子が肺胞にまで達し,そこで沈着してしまうことをいいます。正常大気は本来微粒子を殆ど含まないのですが,砂嵐の後の黄砂や風媒花の花粉の飛来などは自然現象としての微粒子の代表です。異常大気の代表は煙草の煙や排気ガスで,ホルマリンや一酸化炭素などの異常気体だけでなく,液体微粒子や固体微粒子を沢山発生します。粒子サイズが大きいと鼻毛や気道上皮の線毛に捕まり肺胞には達しません。数μmの径の時に肺胞まで達し,肺胞の細胞に吸着するか,マクロファージという名の細胞に喰食(異物を細胞内に取り込んで処理する行為,即ちお掃除細胞)されるのですが,残念ながら化学物質で構成された微粒子は処理する事ができずそのまま肺胞に留まることの方が多いのです。こうして微粒子を吸い込み続けると微粒子がどんどん肺胞に蓄積することになり,例えば硅素でできた黄砂や石の粉だとX線写真で白く溜まっているのがわかるようになります。このような状態を塵肺(じんぱい)と呼びます。塵肺は相当進行していても,慢性的に緩やかに経過することもあって,症状に乏しく健康診断時の胸部X線写真で発見されることが多いのです。アスベスト(石綿)には色々な種類があるのですが,硅素と鉄あるいはマグネシウムの化合物ですので,吸い込んでいると塵肺として発見されることがあり,特に石綿肺と呼びます。結晶はちょうど数μmのサイズで容易に肺胞まで吸い込まれます。肺胞に直接的に炎症をひきおこし胸水をためたり,肺がんあるいは胸膜中皮腫を引き起こす原因になります。特に胸膜中皮腫は石綿と接触している胸膜のどこからでも発生するので,時には肺一面に発生するなどとても治療の難しい悪性腫瘍です。近々特効薬が認可されると期待されています。一番の問題は,これらの症状は吸入開始後10-20年以上後でないと生じないため,ずっと健康診断を続ける必要があります。石綿肺の程度がひどいとより発生しやすいとは考えられますが,診断できるかできないか程度でも発生した事例があります。


Q9. 塵肺と喫煙

画像:医者A9. 煙草の煙は92%の気体と8%の微粒子からなります。特に副流煙と呼ばれる,吸っていない時に立ち上る青黒い煙の粒子径が数μmのサイズであるため,容易に肺胞まで吸い込まれますが,X線では捉えることができませんので塵肺になったかどうか知ることはできません。この微粒子はいわゆるタールと呼ばれるもので,約1,500種の発がん性化学物質の固まりであると考えられています。現在存在する肺がんの7割以上が喫煙が原因であるとされています。また800-1,200℃の煙を吸い込むために,舌,咽頭,喉頭などは高熱の化学物質をあびる事になります。現在存在する喉頭がんはほぼ100%喫煙が原因であるとされています。気道上皮線毛に捕らえられた化学物質も排出されるより胃に落ちる可能性が高く,吸収されます。肺胞に沈着した化学物質とあわせて,全身に分配され様々な臓器に悪性腫瘍をもたらします。副流煙は喫煙者だけではなく周囲にいるヒトにも吸入されますので,非喫煙者でも喫煙者のそばにいると吸入して同じリスクをおうことになります。このように「がん」を引き起こすことが喫煙の一番の健康被害のように思われていますが,発生するのは少なくとも10-20年後以降というのはA8の石綿の時と同じです。他にも早期から現れうる様々な健康被害があります。気体成分も一酸化炭素・ホルマリン・青酸ガスなどの以上成分を多く含んでいるために,のどのあれ,いがらっぽさを早くから感じます。気管支に慢性的な炎症をもたらし,慢性閉塞性肺疾患(気管支など空気の通り道にあたる気道の抵抗が高くなり呼吸しにくくなる)をもたらします。現在先進国での慢性閉塞性肺疾患はほぼ100%喫煙を原因としています。また,味覚や嗅覚が低下します。さらにニコチンを含んでいますので,血管が収縮します。循環器系の疾患,例えば高血圧・心筋梗塞・狭心症などは,症状を悪化させることになります。妊婦が喫煙すると血管収縮作用と一酸化炭素を多く含むことから胎児の体重減少(出生時で200g程度)が起きたり,流早死産の危険度が3倍程度上昇すると考えられています。


環境社会医学講座 環境生体分子応答学(衛生学)
西條清史 教授
感染症制御学講座 ウイルス感染症制御学(国際環境保健学)
市村宏 教授


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